勝手にしやがれ《21》

♪OPイメージテーマ曲を聴く
高林の注意が携帯電話のほうに向いたので、真琴はほっと胸を撫で下ろした。
やれやれ、と肩の力を抜いて新しいボトルを開けようとすると…――
「あれ?」
開封口が…――無い。
このボトルの周りを包装している金属製の加工コーティング素材には、誰にでも簡単に開けることのできる開封口がなかったのだ。
「あれぇ……?」
今どき開封口なんて何にでもついているのだから、このボトルにだってついていない筈がない。
「おかしいなぁ……どっから開けるんだろ?」
ボトル全体を上から底までぐるぐると見てみたが、開封口のようなものは見当たらなかった。
ボトルの主である高林に聞いてみようと思ったのだが、さっきから背中を向けたまま通話に夢中で気づいてもいなかった。
「困っちゃったなぁ……誰かに聞かないと分かんないよ……」
こうなったら店のスタッフの誰がに聞こうとカウンターの方を見てみたが、生憎と皆が席を外しているようだった。
「……ったくぅ、健吾も南条さんも……こういう時にいないんだから……」
頬をプーッと膨らませながら口を尖らせてそう呟いた時、真琴はふたつ隣のボックス席からじっとこちらを見つめる視線に気がついた…―――。
――…え…っ!?
男だ。
ひとりの男が、ふたつ隣のVIP専用のボックス席からじっと真琴のことを見つめていた。
しかし、ただの男ではない。
整髪料で無造作なオールバックに整えられた黒髪と、健康的に程よく鍛え上げられた逞しい体躯。
まるで専属のスタイリストがついているかのようにさりげなく着熟された高級ブランドのスーツと、溜息の出るような高級腕時計などの調度品。
ゆったりとソファーに身体を預けて肘掛けに頬杖をついた姿は、まるで外国映画のワンシーンを見ているようだ。
その整い過ぎた容姿は、イケメンなどという陳腐な表現では語れないほどに、正真正銘の大人の薫りを漂わせたイイ男である。
おそらく、周りの女性たちが放っておかないタイプだろう。
その男の冷徹な双眸が、さっきからずっとこちらを見つめているのだ。
真琴は、思わずボトルのことも開封口のことも忘れて見惚れてしまった。
「あ……」
――…あの人………誰?
揺らぐことのない、その真直ぐな視線。
少年のように澄んだ悪戯っぽい瞳と、何もかも見透かしているような容赦ない大人の瞳が混在する眼差し。
その得体の知れない魅力に吸い込まれたように、真琴は視線を逸らすことも身動きすることも忘れてしまった。
ただ、鼓動だけが見る見る高鳴っていくたびに、身体が熱く燃え上がっていく…――。
――…わ……か、顔が……熱…い……
店内に響くビアノの激しい旋律と鳴り止まない拍手。
すると、一階のフロア席にいた業界関係者らしき人達の中から、深紅のドレスに身を包んだひとりの外国人女性客がゆっくりと毛皮のショールとサングラスを外してグランドピアノの横に立った。
「ライエッタ!?」
「おお、イタリアの歌姫ライエッタだッ!」
お忍びで来日していたイタリアのソリストの突然の登場に、店内の常連客たちの間にどよめきが起こった。
そして、若いピアニストの青年に要望を伝えると、その歌姫は美しいソプラノで愛の賛歌を歌いはじめた。
歌劇『フィオレスの祈り』の第一幕『愛のはじまり』…――。
結ばれることのない運命の二人が、衝撃的な出会いをする場面である。
城内で貴族の青年と出会い、ひと目で恋に落ちる町娘の気持ちを歌った楽曲―――まるで、今の真琴の心の内をそのまま表現しているかのようだった。
だが、しかし…――
無垢な心を簡単に射抜いてしまいそうなその冷徹な視線に捕らえられたまま、まるで魔法にでもかかったように夢中になってしまった真琴の耳には、そのイタリアの歌姫の熱い美声さえも届いてはいなかったのだ。
――…ど、どうして……どうしてそんなに……僕のこと見つめるの?
身体が熱く鼓動をはじめてからどのくらい経ったのだろうか。
そんなことを考える余裕さえ、もう真琴には残されていなかった。
――…そんなに……そんなに見つめられちゃったら………ぼ…僕……ッ!
やがて、冷徹な男の双眸が真琴を見つめたまま悪戯っぽい笑みを浮かべた。
【To be continued】
勝手にしやがれ《20》

♪OPイメージテーマ曲を聴く
「あ……」
それじゃ、と軽く会釈をすると、原田女史はそのまま階段を降りて深山秘書たちのいるエントランス傍のラウンジへと戻っていった。
「原田さん……」
その細くて華奢な肩先が今にも震え出しそうで、真琴にはとっても痛々しく感じた。
先刻、確かに彼女は泣いていた。
あの涙は、叱咤されたことへの悔しさなのだろうか。
それとも…――。
真琴は、これから向かおうとしているロフトのVIP常連席をそこから見上げた。
もちろん、そこにはソファーにふんぞり返って座ったまま、煙草を薫ゆらせている高林代議士がいる。
おそらくは、自分の言動によって傷つき泣いている人々がいるなんて、本人は思ってもいないだろう。
「……ったく、あンのぉ変態エロオヤジ――ッ!」
一生懸命尽くしている女性に、あんな言葉の暴力を浴びせるなんて男の風上にもおけない。
しかも、奥さんじゃないにしろ、相手は自分の愛する女性じゃないか。
ふつふつと沸き上がってくる怒りを押さえながら、真琴はそのまま高林代議士の席へと戻っていった。
階段を上がり切ってロフトフロアに足を踏み入れると、高林代議士の薄くなりかけた後頭部がだんだんと近づいてくる。
ひと言だけガツンと言ってやらないと気が済まない。
「あのッ!」
「ん?」
素っ気なく返事をして振り返った高林は、真琴の顔を見るなり、立ち上がって小踊りしながら喜んだ。
「おぉ―っ! 待ってたよ真琴くんっ! 遅かったじゃないかっ! さぁさぁ、早くここに座りなさいっ」
「うわ…っ!」
真琴は、そのまま腕を引っ張られてソファーに座らされ、再び熱烈な歓迎を受けてしまった。
「まったく、今まで何をやっていたんだい? もう、こっちは待ちくたびれてしまったよ」
真琴の手を再びしっかりと両手で握り締めた高林を、当の真琴本人が呆れたように見つめ返した。
「それはどうも、すみませんでしたッ!」
「ん? 何を怒ってるんだい?」
「別に怒ってなんかいませんよっ! ただですね……」
女性にはもっと優しくしてあげたらどうですかっ、と言い掛けた真琴の顔を、ニヤついた高林代議士の顔が覗き込んだ。
「はっはっは……いやいや。怒った顔もとっても可愛いよ、君」
「はあぁ!?」
「いや、結構結構っ! はっはっは……!」
「あは、は…は……」
駄目だこりゃ、と真琴は大きな溜息を吐きながら諦めたように肩を落とした。
冷静に考えてみれば、真琴の細やかな忠告など、この『政界の怪物』と言われてきた高林広一郎代議士にとっては蚊に刺された程度のことなのかもしれない。
「あれ?」
気がつくと、ウイスキーのボトルの中身がちょうど終わったところだった。
最後の一滴まで綺麗にグラスの中に注ぎ入れる。
「おや? もう終わってしまったのか……今夜は些か飲み過ぎたかな? よし、新しいのを貰おう」
「は、はいっ。あ、有難うございますっ」
真琴は思わずドキドキと胸を高鳴らせてしまった。
これって、もしかして俗にいう『ニューボトル』ってやつなんじゃないだろうか。
もしそうなら、前にテレビで見た『ニューボトルの舞い』とかってやつを踊らなくてはいけないんだろうか。
しかし、周りの雰囲気からその必要がないことを悟ったのだ。
「まったく……君のような可愛い子に作って貰うとついつい飲み過ぎてしまうなぁ……ちょっと薄めに頼むよ」
「あ……は、はい」
その時、高林代議士の携帯が鳴った。
「やれやれ、また邪魔が入ったか……おや? 家内からだ」
「奥さん……ですか?」
「ああ。しょうがないな……真琴くんの可愛さに妬いてるのかもしれないぞ」
「あは…は……」
満面の営業スマイルで返した真琴の肩をバシバシと強く叩くと、高林は大きな声で笑いながらそのまま携帯電話に出た。
「はい、私だ……」
高林の注意が携帯電話のほうに向いたので、真琴はほっと胸を撫で下ろした。
【To be continued】
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