【Kiripre企画】オープン記念&20000hit感謝小説『Second Love』前編
『Second Love』 〜胸騒ぎの放課後シリーズより〜
「じゃあ、お疲れさま」
書き終えた報告書を課長のデスクの上に提出した佐倉湊(さくら・みなと)は、ひと足先に帰り支度を整えると席を立った。
「あれ? 佐倉先輩……何で帰る用意してるんですか?」
斜め前の席に座っている後輩の宮城刑事だ。
「うん、ちょっとね……今日はこれから寄りたいところがあるんだ」
「えぇッ!? な、何言ってんですかっ! 今夜は交通課のキレイ処とカラオケに……」
「おいッ、佐倉ッ!」
「はい?」
宮城との会話を遮るように、今度は三年先輩の高村刑事が話に割って入ってきた。
「今夜はな、二課の奴らと朝まで飲むことになってんだッ! いいか、お前もこいよッ!」
「あは、は……あ、あの……お誘いは本当に嬉しいんですけど……今夜は勘弁して下さいよ、高村さん」
「何だとぉッ!?」
「だ、だって……昨夜も殆ど寝てないし……ほ、ほら、寝不足はお肌の大敵ですもんね……あはは、は……それじゃ、お先ですっ!」
「あッ! おいコラッ! 逃げんなッ、佐倉―――ッ!」
度重なる飲み会の誘いを丁重に断ると、佐倉は一目散に捜査一課を後にした。
「……ったく、宴会好きな人達なんだから……」
しかし、もちろん皆が『今夜』に拘るのには理由もあった。
長丁場だった事件が解決して、捜査本部がひとつ解散することになったのだ。
事件が解決したことへの安堵と同じくらい、捜査に参加したすべての警察官の無事を喜ぶ宴でもある。
そして、何よりも皆が被害者や遺族への哀悼の気持ちで杯を傾ける夜だった。
そんな男達が、ここにはいる…――。
「まぁ、みんな冗談みたいな人達だけど……」
そんな独り言を呟きながら小さく笑うと、佐倉は下階へ降りるエレベーターへと向かった。
閑散とした廊下の窓ガラスの向こうには、夜の帳を下ろした東京の美しい夜景が拡がっていた。
その遥か向こうには―――『彼』のいる横浜がある。
「安博……」
あの日からずっと忘れようと努力してきた名前だ。
渋谷西署刑事課から警視庁捜査一課へと転属になってちょうど一年が過ぎた。
同じく、渋谷西署から横浜へ転属になった彼と別れてから、もうそんなに経っていたなんてあまり実感がなかった。
彼のことは本気で好きだったし、もちろん本気で愛していた。
方面本部長の娘との結婚が決まったと聞かされた時も、彼を責めるつもりはなかったし綺麗に身を引くつもりでいた。
しかし、現実はそんな簡単に気持ちの整理ができるものではなかった。
だから別れを告げられた夜は、何もかも忘れるために正体を失うほど酒に溺れたのだ。
しかし、そんな簡単に彼のすべてをこの心と身体から追い出せる筈もなかった。
もし、そんなことが可能だったとしたら、恐らくあの夜のあの細やかな事件がきっかけになったのかもしれない…――。
「あれ……?」
エレベーターのところまで来た佐倉は、隣の休憩コーナーに見慣れた人物が居るのを知って足を止めた。
シックなオフホワイトのコートを羽織り、仕立ての良いダークなスーツに身を包んだ長身の男。
少し長めの前髪から覗く銀縁眼鏡の奥の冷徹な双眸からは、まさに知的なエリートの雰囲気が見て取れる。
どうやら、携帯電話を片手に張込み中の部下と逮捕状の請求についてのやりとりをしているようだ。
よく通るその低音の声音が何だかとても心地よかった。
「……いいな、逮捕状が出るまで待つんだ。恐らくしばらくは動きはないだろう……ああ、それじゃ……」
ちょうど携帯の通話が終わったようなので、佐倉は休憩コーナーに入るなり声を掛けた。
「お疲れさまです、神谷警部」
「佐倉?」
不意に名を呼ばれ、神谷は些か驚いたような顔で振り返った。
「今日はもう上がりですか?」
「ああ。どうやら滝山管理官のところも……やっと一件落着したみたいだな」
「ええ。当たり前ですよ、こーんな優秀な刑事が捜査応援に行ってたんですから」
そう言って、佐倉がにっこりと笑った。
神谷愁一(かみや・しゅういち)は、警視庁捜査一課の優秀な刑事であり、今年34歳の若さで警部という将来有望な警察官である。
佐倉が捜査一課に来てからは強行犯第三係直属の上司であり、捜査上のパートナー、いわゆる『相棒』というところだ。
その上、プライベートでは佐倉の現在の『恋人』でもある…――。
「ここのドリップコーヒーってホント薫りがいいですよね?」
「ああ、そうだな」
神谷の傍らに置かれていた飲みかけのコーヒーの紙コップ。
おそらく、いつものブラックコーヒーだ。
そのまま、神谷がスーツの内ポケットから煙草を取り出して火を点けたので、佐倉もコーヒータイムと称してドリップ式自販機でカフェオレを購入した。
「そういえば……」
湯気の上がったカフェオレを片手に、佐倉は神谷の隣に落ち着くと、まじまじとその顔を覗き込んだ。
「な、何だ?」
神谷が思わず怪訝そうな声を上げる。
「あ、いえ……最近は一緒に『夜明けのコーヒー』なるものを飲んでないなぁ……とかって思って……」
「ぶ……ッ!」
その台詞に、神谷は思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
「うわ、やですよ警部……そんな古典的なリアクション……」
「お前な……36時間寝てない男の前で言う台詞か……?」
【Second Love/後編へ続く】
「じゃあ、お疲れさま」
書き終えた報告書を課長のデスクの上に提出した佐倉湊(さくら・みなと)は、ひと足先に帰り支度を整えると席を立った。
「あれ? 佐倉先輩……何で帰る用意してるんですか?」
斜め前の席に座っている後輩の宮城刑事だ。
「うん、ちょっとね……今日はこれから寄りたいところがあるんだ」
「えぇッ!? な、何言ってんですかっ! 今夜は交通課のキレイ処とカラオケに……」
「おいッ、佐倉ッ!」
「はい?」
宮城との会話を遮るように、今度は三年先輩の高村刑事が話に割って入ってきた。
「今夜はな、二課の奴らと朝まで飲むことになってんだッ! いいか、お前もこいよッ!」
「あは、は……あ、あの……お誘いは本当に嬉しいんですけど……今夜は勘弁して下さいよ、高村さん」
「何だとぉッ!?」
「だ、だって……昨夜も殆ど寝てないし……ほ、ほら、寝不足はお肌の大敵ですもんね……あはは、は……それじゃ、お先ですっ!」
「あッ! おいコラッ! 逃げんなッ、佐倉―――ッ!」
度重なる飲み会の誘いを丁重に断ると、佐倉は一目散に捜査一課を後にした。
「……ったく、宴会好きな人達なんだから……」
しかし、もちろん皆が『今夜』に拘るのには理由もあった。
長丁場だった事件が解決して、捜査本部がひとつ解散することになったのだ。
事件が解決したことへの安堵と同じくらい、捜査に参加したすべての警察官の無事を喜ぶ宴でもある。
そして、何よりも皆が被害者や遺族への哀悼の気持ちで杯を傾ける夜だった。
そんな男達が、ここにはいる…――。
「まぁ、みんな冗談みたいな人達だけど……」
そんな独り言を呟きながら小さく笑うと、佐倉は下階へ降りるエレベーターへと向かった。
閑散とした廊下の窓ガラスの向こうには、夜の帳を下ろした東京の美しい夜景が拡がっていた。
その遥か向こうには―――『彼』のいる横浜がある。
「安博……」
あの日からずっと忘れようと努力してきた名前だ。
渋谷西署刑事課から警視庁捜査一課へと転属になってちょうど一年が過ぎた。
同じく、渋谷西署から横浜へ転属になった彼と別れてから、もうそんなに経っていたなんてあまり実感がなかった。
彼のことは本気で好きだったし、もちろん本気で愛していた。
方面本部長の娘との結婚が決まったと聞かされた時も、彼を責めるつもりはなかったし綺麗に身を引くつもりでいた。
しかし、現実はそんな簡単に気持ちの整理ができるものではなかった。
だから別れを告げられた夜は、何もかも忘れるために正体を失うほど酒に溺れたのだ。
しかし、そんな簡単に彼のすべてをこの心と身体から追い出せる筈もなかった。
もし、そんなことが可能だったとしたら、恐らくあの夜のあの細やかな事件がきっかけになったのかもしれない…――。
「あれ……?」
エレベーターのところまで来た佐倉は、隣の休憩コーナーに見慣れた人物が居るのを知って足を止めた。
シックなオフホワイトのコートを羽織り、仕立ての良いダークなスーツに身を包んだ長身の男。
少し長めの前髪から覗く銀縁眼鏡の奥の冷徹な双眸からは、まさに知的なエリートの雰囲気が見て取れる。
どうやら、携帯電話を片手に張込み中の部下と逮捕状の請求についてのやりとりをしているようだ。
よく通るその低音の声音が何だかとても心地よかった。
「……いいな、逮捕状が出るまで待つんだ。恐らくしばらくは動きはないだろう……ああ、それじゃ……」
ちょうど携帯の通話が終わったようなので、佐倉は休憩コーナーに入るなり声を掛けた。
「お疲れさまです、神谷警部」
「佐倉?」
不意に名を呼ばれ、神谷は些か驚いたような顔で振り返った。
「今日はもう上がりですか?」
「ああ。どうやら滝山管理官のところも……やっと一件落着したみたいだな」
「ええ。当たり前ですよ、こーんな優秀な刑事が捜査応援に行ってたんですから」
そう言って、佐倉がにっこりと笑った。
神谷愁一(かみや・しゅういち)は、警視庁捜査一課の優秀な刑事であり、今年34歳の若さで警部という将来有望な警察官である。
佐倉が捜査一課に来てからは強行犯第三係直属の上司であり、捜査上のパートナー、いわゆる『相棒』というところだ。
その上、プライベートでは佐倉の現在の『恋人』でもある…――。
「ここのドリップコーヒーってホント薫りがいいですよね?」
「ああ、そうだな」
神谷の傍らに置かれていた飲みかけのコーヒーの紙コップ。
おそらく、いつものブラックコーヒーだ。
そのまま、神谷がスーツの内ポケットから煙草を取り出して火を点けたので、佐倉もコーヒータイムと称してドリップ式自販機でカフェオレを購入した。
「そういえば……」
湯気の上がったカフェオレを片手に、佐倉は神谷の隣に落ち着くと、まじまじとその顔を覗き込んだ。
「な、何だ?」
神谷が思わず怪訝そうな声を上げる。
「あ、いえ……最近は一緒に『夜明けのコーヒー』なるものを飲んでないなぁ……とかって思って……」
「ぶ……ッ!」
その台詞に、神谷は思わず口に含んだコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
「うわ、やですよ警部……そんな古典的なリアクション……」
「お前な……36時間寝てない男の前で言う台詞か……?」
【Second Love/後編へ続く】
暖かい場所
暖かい場所 〜胸騒ぎの放課後シリーズより〜
「うわぁッ、雪降ってきちゃったよぉ」
神谷千尋(かみや・ちひろ)は、制服の上に着た薄茶色のダッフルコートの襟にマフラーをしっかりと巻きながら、北風の吹いているどんよりと曇った空を見上げた。
お昼休みぐらいから降ってきそうな雰囲気だったのだが、縒りによって下校時間に降ってくるなんて何だかついてない。
「もぉ、遅いなぁ……勇樹ってば。何やってんだろ?」
千尋は一緒に帰る筈のクラスメート、柏原勇樹(かしわばら・ゆうき)が職員室から戻ってくるのを底冷えのする昇降口で震えながら待っていた。
勇樹とは家が隣同士の幼なじみで、物心ついた頃から兄弟のように育った無二の親友である。
小柄で可愛らしく何事も平凡な成績の千尋とは対照的に、勇樹は180cmに届く長身で、勉強もスポーツも学年トップクラスの成績の持ち主だ。
千尋にとっては、幼い頃からピンチの時に必ず現れて助けてくれる正義のヒーローか頼りになるお兄ちゃんみたいな存在でもある。
高校1年生になった現在でも、ふたりの関係は相変わらずのものだった。
「おーぃ、千尋っ。わりぃわりぃ」
「あ、勇樹。遅いよ、もぉ」
やっと戻ってきた勇樹と一緒に、口唇を尖らせたままの千尋は昇降口を後にした。
「傘差さなくても、まだ大丈夫そうだね」
「だな、今のうちに帰っちまおうぜ」
「何だったの?松島先生の話って」
「あぁ、明日の授業のことだよ。松島が出張でいないから自習なんだとさ。プリント預かって教室に置いてきた」
「ふぅん、でもさぁ、そんなの委員長にでも言えばいいじゃん」
「委員長は風邪で休んでんだろ」
「あ、そっか」
そんな他愛のない会話をしながら並んで歩いていると、本当に長い間こうやって勇樹と一緒に歩いてきたんだなぁ、と改めて実感してしまう。
「千尋、手出してみ」
「え?」
いきなりそう言われて素直に右手を差し出すと、勇樹の左手に握り返されて手を繋ぐ。
「ち、ちょっ……ゆ、勇樹ッ!こ、こんなとこで手なんか繋いで帰るなんて恥ずかしいよッ」
「いいから」
「え?」
慌てて振り解こうとする千尋の右手を、勇樹の大きくて暖かい左手が優しく包み込んだ。
「あそこ寒かったんだろ?こんなに冷たくなってんじゃんかよ」
「う、うん。それはそうだけどさ……」
何故だか急に顔が熱くなってきて、勇樹の顔をまともに見ることもできそうになかった。
そして、勇樹は繋いだ手を更に自身のダウンジャケットのポケットの中に滑り込ませた。
「わッ!ち、ちょっと……」
伝わってくる暖かいぬくもりに、ほっと心が安堵する。
「ほら、こうしてればふたりで一緒に暖かくなるだろ?マジで俺って天才だな」
「ふ、ふんっ……馬鹿じゃないの」
「寒い時は呼んでくれ。千尋限定で暖めてやるからさ」
そう言って笑う勇樹の手がいちばん暖かいことに、やっと気づいた今日この頃。
勇樹の隣がいちばん暖かい場所なのかもしれない。
【END】
ラブラブです(笑)。
メールマガジン『NEOBLAND通信 NO.14』読みきり短編小説より
「うわぁッ、雪降ってきちゃったよぉ」
神谷千尋(かみや・ちひろ)は、制服の上に着た薄茶色のダッフルコートの襟にマフラーをしっかりと巻きながら、北風の吹いているどんよりと曇った空を見上げた。
お昼休みぐらいから降ってきそうな雰囲気だったのだが、縒りによって下校時間に降ってくるなんて何だかついてない。
「もぉ、遅いなぁ……勇樹ってば。何やってんだろ?」
千尋は一緒に帰る筈のクラスメート、柏原勇樹(かしわばら・ゆうき)が職員室から戻ってくるのを底冷えのする昇降口で震えながら待っていた。
勇樹とは家が隣同士の幼なじみで、物心ついた頃から兄弟のように育った無二の親友である。
小柄で可愛らしく何事も平凡な成績の千尋とは対照的に、勇樹は180cmに届く長身で、勉強もスポーツも学年トップクラスの成績の持ち主だ。
千尋にとっては、幼い頃からピンチの時に必ず現れて助けてくれる正義のヒーローか頼りになるお兄ちゃんみたいな存在でもある。
高校1年生になった現在でも、ふたりの関係は相変わらずのものだった。
「おーぃ、千尋っ。わりぃわりぃ」
「あ、勇樹。遅いよ、もぉ」
やっと戻ってきた勇樹と一緒に、口唇を尖らせたままの千尋は昇降口を後にした。
「傘差さなくても、まだ大丈夫そうだね」
「だな、今のうちに帰っちまおうぜ」
「何だったの?松島先生の話って」
「あぁ、明日の授業のことだよ。松島が出張でいないから自習なんだとさ。プリント預かって教室に置いてきた」
「ふぅん、でもさぁ、そんなの委員長にでも言えばいいじゃん」
「委員長は風邪で休んでんだろ」
「あ、そっか」
そんな他愛のない会話をしながら並んで歩いていると、本当に長い間こうやって勇樹と一緒に歩いてきたんだなぁ、と改めて実感してしまう。
「千尋、手出してみ」
「え?」
いきなりそう言われて素直に右手を差し出すと、勇樹の左手に握り返されて手を繋ぐ。
「ち、ちょっ……ゆ、勇樹ッ!こ、こんなとこで手なんか繋いで帰るなんて恥ずかしいよッ」
「いいから」
「え?」
慌てて振り解こうとする千尋の右手を、勇樹の大きくて暖かい左手が優しく包み込んだ。
「あそこ寒かったんだろ?こんなに冷たくなってんじゃんかよ」
「う、うん。それはそうだけどさ……」
何故だか急に顔が熱くなってきて、勇樹の顔をまともに見ることもできそうになかった。
そして、勇樹は繋いだ手を更に自身のダウンジャケットのポケットの中に滑り込ませた。
「わッ!ち、ちょっと……」
伝わってくる暖かいぬくもりに、ほっと心が安堵する。
「ほら、こうしてればふたりで一緒に暖かくなるだろ?マジで俺って天才だな」
「ふ、ふんっ……馬鹿じゃないの」
「寒い時は呼んでくれ。千尋限定で暖めてやるからさ」
そう言って笑う勇樹の手がいちばん暖かいことに、やっと気づいた今日この頃。
勇樹の隣がいちばん暖かい場所なのかもしれない。
【END】
ラブラブです(笑)。
メールマガジン『NEOBLAND通信 NO.14』読みきり短編小説より
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