飛鳥繚乱-白梅の章-《5》

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どうやら今の話を隣室で偶然聞いてしまったらしい。
「河勝殿の言う通りです。兄上は皆が言っているような御方ではありません。私たち皆のことを考えて下さっている心の優しい御方です!」
来目皇子はまだ幼さの残る口唇を震わせながら、皆の前ではっきりとそう言った。
「母上、お願いですから皆の噂話など信じないで……兄上のことをもっとちゃんと見てあげて下さい」
「来目……」
涙に濡れた顔を上げて、穴穂部間人皇女は目の前の我が子を見つめた。
「憶えていますか? 私がもっと小さい頃から兄上はよく遊んで下さいました。馬に乗せて貰って一緒に散策したり、川で魚を追って水遊びをしたり……私達と何も変わらないのに……あんな噂が………でも、誰が何を言おうと、兄上は私の兄上です」
来目皇子は、ゆっくりと穴穂部間人皇女の前に跪くと静かにその手を取った。
「だから、母上がそんなことを言ったら……私は悲しくなってしまいます。私たちは家族なんですから……そうですよね、母上?」
その胸が熱くなるような思いを聞いて、穴穂部間人皇女は再び涙を流した。
「……来目………母を……母を許して下さい…ッ。こんな弱い母を……どうか許して下さい……ッ!」
母としての後悔と自責の念。
周囲の風評に惑わされて、我が子を信じることが出来ない疎かな母になるところだった。
来目皇子も、厩戸皇子も穴穂部間人皇女にとってはかけがえのない我が子―――かけがえのない家族である。
皇女はその小さな手を優しく両手で握り返した。
「もう泣かないで……母上。ほら、河勝殿に笑われてしまいますよ」
まだ幼い我が子にそう諭されて、穴穂部間人皇女は溢れて止まない涙を拭った。
「来目さま……」
すぐ傍らに控えていた河勝も、来目皇子の講釈には思わず舌を巻いてしまった。
今年五歳になったばかりとは思えないくらいしっかりしたお考えを持っている上に、物怖じすることなく堂々としている。
そして、他を思いやる優しい心までも持っていた。
まったく、弟君の来目皇子も噂に違わない皇子であった。
「河勝殿」
「は……はッ!」
突然名を呼ばれて、河勝は慌ててその場で深々と頭を下げた。
「其方の前でこのような見苦しい姿を見せてしまって……どうか許して下さい」
「そ、そんな……勿体ないお言葉です、穴穂部間人様。どうか、この私に出来ることがあれば何なりとお申しつけ下さい」
【飛鳥繚乱-白梅の章-/続く】
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