麗しの小悪魔 第1話:謎の転校生《1》
「うーんっ! いい天気っ」
雲ひとつない青い空にきらきらと輝く朝の光が眩しい。
小高い丘の上に建てられた、この蔦の絡まる白煉瓦の洋館に元気な声が響く。
「おっはよーっ! エノルっ」
白い大理石の階段を2階からかけ下りながら、真新しいワインカラーのブレザーの制服に身を包んだ喜多嶋瑞希は、ダイニングテーブルにトーストやハムエッグを並べているエプロン姿の長身の青年にニッコリと微笑んだ。
「お早うございます、瑞希さま。さあ、早くしないと学校に遅刻しますよ」
「うん」
そう言われて大きなアンティークの壁掛け時計を見ると、家を出る時間までにあと30分位しかない。
急いでテーブルに座ると、エノルが作ってくれたトーストに噛りついた。
「いいですか、瑞希さま。いよいよ今日から人間界の学校に通うんですから、魔王さまとの約束をきちんと守って貰わないと困りますよ。私が魔王さまに叱られます」
「もぉ、エノルってばそればっかだよね。判ってるよ、せっかく気持ちのいい朝なのに、お父様の話はやめてくれる?」
「そうはいきませんよ。貴方には『魔界の後継者』としての自覚を持って貰わないといけませんから」
「はいはい……」
エノルはいつもそうなんだから、と瑞希はプーッと頬を膨らませた。
どこから見ても人間と変わりないが、実はふたりは人間ではない。
魔界から、ある目的の為に人間界にやってきた魔王族である。
瑞希は、魔界を支配している魔王の第1王子であり、『魔界の後継者』だった。
「今日から瑞希さまが通う聖蘭学園には、ここから電車で通学することになります」
「電…車?」
初めて聞くその言葉に、瑞希はキョトンとした顔を上げた。
「ああ、電車というのは鉄の箱の中に沢山の人間を乗せて運ぶ乗り物です」
「ふぅーん。でも、そんなのに乗らなくても魔法を使えば……」
「ダメですッ!」
いきなりエノルが強く否定した。
「いいですか、瑞希さま。人間の前では絶対に魔力を使ってはいけませんよ。もし、軽はずみに魔力を使って我々の正体がバレてしまったら、人間界に来た目的が果たせなくなってしまいます」
いつにも増して神妙な面持ちのエノルに怖い顔で釘を刺され、瑞希はがっくりと肩を落とした。
「……はいはい、決して軽はずみには使いません……誓いますっ」
魔力が使えない魔王族なんて、と思いながらも瑞希は泣く泣くそう約束したのだった。
「あ、あれっ? もちろんエノルも僕と一緒にその学校に通ってくれるんでしょ?」
まだ右も左もよく判らない人間界。
些か不安そうな顔つきで、瑞希はカップに注がれた紅茶に口をつけた。
「当たり前です。瑞希さまおひとりではどうなることやら分かりませんからね」
「あは、は…」
安堵していいものか、ちょっと複雑な言われようだ。
「……かと言って、私が生徒として紛れ込むにはかなり無理がありますからね。しかし、英語教師ということなら問題は無いでしょう」
「あ、なるほど! 英語の先生ならピッタリだね」
さすがはエノル、と瑞希はニッコリと笑った。
「……という訳なので、瑞希さまにも早く人間界に馴染んで貰わないといけませんね」
「えっ?」
「私だって四六時中瑞希さまと一緒に居られるわけじゃありませんから。まして、教師と生徒という立場上、いつも一緒に居ては変でしょう」
「えぇーッ! そ、そんなぁ……」
見るもの聞くものがすべて初めての人間界。
しかも魔法も禁止の上、いきなりひとりで行動しろなんて絶対に無理があり過ぎる。
「エノルがいない時に何かあったら……僕、どうすればいいのさ? 今でさえ分かんないことだらけなのに……」
「大丈夫ですよ。そういう時の為に精霊を連れて来ていますから」
「精霊?」
「ファーラ、瑞希さまにご挨拶しなさい」
エノルが名前を呼ぶと、何処からともなく子猫のような可愛い動物が瑞希の前に現れた。
「わぁッ! 何これ、可愛いっ!」
フワフワの白い毛並みを撫でようとした途端、その動物が流暢に話し始めた。
「初めまして瑞希さま。私は闇の精霊・ファーラと申しますにゃ」
「わっ! し、しゃべった?!」
あまりの衝撃に驚いて飛び上がる。
「今更何を驚いてるんですか? ファーラは魔界の精霊の中でも最高位の“闇の精霊”なんですよ。言葉を操るなんて簡単なことです」
「そ、そうなんだ……び、びっくりしたぁ」
瑞希はホッと胸を撫で下ろした。
「あ、あの、僕……精霊とかに逢うの初めてだったから……ごめんね、えーっと…」
「ファーラと申しますにゃ、瑞希さま」
そう言いながら、ファーラは深々と頭を下げた。
「こちらこそ宜しくね、ファーラ」
瑞希はニッコリと笑ってフワフワのファーラの頭を撫でた。
【To be continued】
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