SHINOBI ―忍― 《4》

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1
東京、渋谷…―――。
若者の街として賑わっている繁華街からは、だいぶ離れた郊外の閑静な住宅街。
その中に、ひときわ目立つ可愛らしい赤い屋根の一戸建住宅があった。
ブロック塀に囲まれた小さな庭とガレージがついている、どこにでもあるごく普通の二階建ての家である。
玄関の表札は『香田』。
周りには児童公園や野球グランドがあり、買い物に欠かせない商店街や最寄りの駅までは徒歩十分という便利な環境の中にあった。
リビングの時計は午前6時を廻ろうとしている。
新聞配達や牛乳配達の自転車の走る音が通りから聞こえてきた。
眠っていた街や人々が、目を覚まして活動をはじめる時間だ。
そして、この大都会の片隅にも、爽やかな朝の光景が顔を覗かせていた…――。
トントントン……。
規則正しい包丁の音が、静まり返ったダイニングキッチンに響く。
火にかけた鍋から上がる真っ白い湯気。
美味しそうな味噌汁の薫りが仄かに漂ってきた。
こんなに朝早くから朝食の準備をしているのは、エプロン姿の小柄で可愛らしい男の子だった。
制服の白いシャツに濃茶色のネクタイが、日焼けしていない滑らかな色白の肌によく似合っている。
大きめの琥珀色の瞳と、毛先の跳ねた柔らかそうな茶褐色の髪。
見るからにホンワリ系の『癒しキャラ』といった感じだろうか。
この男の子が、今年十七歳になったばかりの香田翔(こうだ・しょう)である。
「よーしっ、出来た……っと」
鼻歌混じりでお弁当箱に卵焼きとベーコンのチーズ巻き焼きを詰めた翔は、ずっと足元に座ってクンクンと鼻を鳴らしている中型犬のシェルティを見下ろした。
「こら、だめだよ。秀吉」
「クゥーン」
そう言われて秀吉と呼ばれたシェルティ犬は、翔の顔を見つめながら名残惜しそうに鼻を鳴らすと、そのまま床に伏して大人しくなった。
「今朝は秀吉と遊んでる訳にはいかないんだよ。加菜ちゃんと一緒に譲の剣道部の朝練を応援にいく予定なんだ、ごめんね」
「クゥ―ン」
「じゃあ、いい子にしてたら、学校から帰ってきてから僕が散歩に連れてってあげるから」
そう言いながら翔が秀吉の頭を撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振りながらワンワンと小さく吠えた。
「あはは……分かったってば、秀吉」
「ワンワンッ!」
すると、二階からこの家の主が大きな欠伸をしながら降りてきた。
「ふあぁ……おはよーさん」
人懐っこい茶褐色の瞳と銀縁眼鏡。
長めの髪を後ろで結わえてひとまとめにしている三十代後半の男だ。
この起き抜けのパジャマ姿の男が翔の父親、香田惣一郎(こうだ・そういちろう)である。
「あ、おはよっ。惣パパ」
「何だ? 翔、今日は随分と早いんだな?」
「うん、加菜ちゃんと一緒に剣道部の応援にいく約束なんだ。譲がもうすぐ都大会だからね」
「へぇー、譲の奴凄いなぁ」
小学生の頃は手のつけられない悪戯っ子だったのになぁ、と言いながらお弁当箱の中に詰めてあるタコ型ウインナーをヒョイとつまみ食いした。
「うーん、美味い」
その声を聞いて、床に伏していた秀吉が惣一郎の顔を見上げて再びクゥーンと鼻を鳴らした。
「おっ。何だよ、秀。お前も欲しいのか?」
「クゥーン」
後で犬用ジャーキーをあげるからな、と秀吉の頭をくしゃくしゃと撫でた。
「あれ?」
「ん?」
「惣パパ、目が赤いよ?」
「そ、そうか?」
「うん、寝不足かな? とにかく、まだ早いからもう少し寝ててよね」
「だ、大丈夫だって、きっと疲れ目だろ?」
「そんなこと言って……どうせ、また昨夜遅くまで打ち合せしてたんでしょ?」
「あは、は……いや、つい話が弾んちゃってさぁ……」
香田惣一郎は、現在注目されている若手時代小説家である。
代表作は『唐笠の流浪人』『蝉時雨』『八重桜の墓』などで、テレビ放送された『辻斬り桔梗』はかなりヒットしたらしく、次回作のオファーが編集部にきているらしい。
いつも担当編集者との打ち合せは昼間するのが普通なのだが、昨夜は訪ねてきた編集者が大学時代の同窓生ということで、ついつい深酒になってしまった。
「本当に身体には気をつけてよね。それに、原稿の締め切りも近いんでしょ?」
「あ、ああ……そうだよな。悪い悪い」
【To be continued】
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