放課後の恋人―First Edition―《2》

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でも、実際には未遂で終わってしまった訳だし、何の証拠もないのだから、まさかそんなことをしようとしていたなんて誰も疑ったりしないんじゃないだろうか。
そう自分に言い聞かせた夏樹だったが、澤村の口からは思いもよらない言葉が飛び出した。
「お前、あのオヤジとホテルに行く筈じゃなかったのか?」
「え…っ!」
まるですべてを見透かしたようなその澤村の眼差しに、夏樹は頬を林檎のように真っ赤に染めて頭を左右に振った。
「ち、違います…ッ!」
「誤魔化しても駄目だぞ……ずっと見てたんだ」
「え…っ!?」
澤村はスーツの内ポケットから煙草を取り出すと、強ばった夏樹の顔をじっと見据えながら形のいい眉を顰めた。
本当に今までの状況をすべて見られていたとしたら、完全に言い訳の仕様がない。
夏樹はどうしたらいいのか分からずにそのまま立ち尽くしてしまった。
「……こんなことが学校に知れたら大変だろうなぁ」
そう呟くと、澤村は紫煙をくゆらせながら涼しい顔でにやりと笑った。
「あ、あの……先生…ッ」
夏樹はどうしたらいいのか分からなくなって、不安そうな瞳のまま助けを求め縋るように澤村を見上げた。
緊張のあまりに、ごくりと喉が鳴る。
「あ、あの……」
すると、悪戯っぽく双眸を細めた澤村が夏樹の耳元にそっと囁いてきた。
「……黙っててやってもいいぞ、杉原」
「えっ!?」
「但し、俺の言うことを聞くなら……な」
「え? 言うこと、って……」
それは、澤村から出された交換条件だった。
しかし、言う通りに従えば本当に黙っていて貰えるんだろうか。
でも、このことを学校関係者に知られてしまったら大変な問題になってしまうだろうし、ここは何とかしなくちゃならない。
「わ、分かりました。じ、じゃあ……先生の言う通りにすれば、ぜんぶ秘密にしてくれるんですか?」
澤村は冷徹な双眸を細めてニヤリと微笑んだ。
「……ああ、このことは誰にも言わないさ」
その言葉を聞いて安堵した夏樹は、ホッと胸を撫で下ろして強ばった身体の力を抜いた。
「あ、あの、先生……僕にできることなら、何でもするから……」
ワラにも縋るって、こういうことを言うのだろうか。
「……じゃ、早速やって貰おうか」
そう言って小さく笑うと、澤村は夏樹の腕を掴んで足早に歩きはじめた。
「え…っ!? あ、あのぉ……先生……どこ行くの…っ?」
まるで引き摺られるように歩きながら不安そうに尋ねる。
「……何でもする、って言ったよな」
夏樹の耳元で澤村が悪戯っぽく笑った。
「俺が援助してやるよ」
「え!?」
驚いた夏樹は思わず澤村の顔を見上げてしまった。
仮にも澤村は教師だ。
間違ってもその聖職者の口からサラリと出てくるような言葉ではなかった。
からかうための冗談なのだろうか。
「あは、は……せ、先生……な、何言ってるんですか……そんな冗談は止めて下さ……」
笑いながら夏樹が肩を竦めると、いきなり真摯な眼差しの澤村にグイッと身体を引き寄せられた。
「あ…ッ」
「……いくら欲しいんだ?」
「え…っ!?」
夏樹は驚きのあまり呆然と立ち尽くしてしまった。
もちろん、現役教師としては信じられない言葉だが、多分これが夏樹にとっては最後のチャンスかもしれない。
奪われた腕時計を取り戻す為に、夏樹にはどうしても明日までに3万円が必要なのだ。
その為に、さっきの出会い系サイトの中年男性との援助交際まで決意したことを思い出す。
「……そんなわざとらしく驚いた顔をする必要もないだろ?」
「え……っ!?」
「あの時、俺が止めに入らなかったら……お前はどうした?」
「そ、それは……」
「逃げたか? それとも……あのままホテルにでも行ってあのオヤジとヤってたか……?」
夏樹は咄嗟に答えられなかった。
あの時は確かに逃げ出そうとしていたけれど、3万円を手に入れる唯一の手段だとしたら、やっぱりあのままついて行ってしまったかもしれない。
「まあいいさ。あのオヤジの代わりに俺が援助してやるよ。お前にとっては相手が入れ替わっただけのことだろ?」
その通りだった。
こういう展開になってしまった今は、澤村の言う通り相手が入れ代わっただけのことなのかもしれない。
それに、このまま澤村の言う通りに従えば、多分希望の金額は確実に手に入れることができるのだろう。
でも、教師と生徒の援助交際なんて―――。
かなり危険な秘密を所有することになるのは間違いない。
どうすれば………どうしよう───。
「どうした? こういう場合は、はじめに金額の交渉をするんじゃないのか?」
「あ……あの……」
でも、もう悩んでいる余裕も残されてはいなかった。
潤んだ大きな瞳で澤村の悪戯っぽい眼差しを見上げると、意を決したように震える声で口唇を開いた。
「……さ、3万…円…で……いいですか?」
顔から火が出そうなほど真っ赤になって俯きながら口唇を噛んだ。緊張し過ぎて心臓の鼓動が煩いくらい高鳴っている。
そんな夏樹の肩に腕を回すと、澤村はにやりと双眸を細めた。
「……交渉成立だな。じゃ、行こうか?」
◇◇◇
ラブホテルなんかに入ったのはもちろん初めてだった。
ワンルーム程度の部屋に入ってすぐ、中央にあるダブルベッドを見て夏樹は羞恥に顔を赤らめた。
「あ、あの……」
いくら3万円の為とは言え、自分の軽率な行動に思いっきりの後悔。
しかし、そんな夏樹には構わず澤村がドアのキーを後ろ手に閉めた。ガチャッという金属音にビクッと身体を竦ませて振り返る。
「せ、先生……や、やっぱり…僕…っ」
俯いて立ち尽くしたまま、真っ赤になって震えている制服姿の夏樹を見つめると、澤村はフッと小さく笑った。
「……そんな顔して、誘ってるつもりか?」
「ち、違いますっ! こんなこと…しちゃ…」
いけないに決まってる。まして、相手が自分の学校の教師だなんて。
「黙ってて貰う為なら何でもする、って言ったのはお前だろ。それに3万円分の奉仕もして貰わなくちゃ、な」
そう言うと、澤村はスーツの上着を脱いで脇のソファーに無造作に投げ掛けた。
「やっ、やっぱり、僕…帰…り──あっ!?」
グイッと力強く腕を掴んで引き寄せられ、夏樹は固まったまま動けなくなってしまった。
「あッ…っ! だ、駄目…っ、せ、先生ッ!?」
背後から覆い被さるように抱き締められて、緊張していた夏樹はギュッと固く瞳を瞑ってしまった。
エゴイストの香り───。
澤村の大人の香りが鼻を擽る。
「おい、どうした?震えてるぞ……」
耳元に囁かれて、ビクッと身体が跳ね上がった。
「……ッ」
心臓の鼓動が驚くほど速くて、顔から火が出そうなくらい熱い。
「あ、あの…先生、離して下さ……お願……――――ッ!?」
いきなり澤村の骨太の指に顎を掴まれ、夏樹は言い掛けていた言葉を乱暴なキスに塞がれてしまった。
「ん…や……ッ」
無理矢理抱き竦められて口唇を奪われ、夏樹は抵抗しようと抗ったが強い力に押さえ込まれてビクともしない。脱がされてしまった制服のブレザーがバサッと音を立てて床に落ちた。
「……ん」
微かな煙草の香りと密着した身体から伝わるはじめての鼓動。
やがて、乱暴だと思っていたその口づけも、徐々に優しいものへと変わっていった。
「あ……」
生まれてはじめての口づけに翻弄されて、夏樹は次第に頭の芯が緩慢になり身体から力が抜けていくのを感じていた。
乱暴だけど、それでいてとても優しい大人のキス。このまま時間が止まってもいい、と思ってしまうくらいの優しい口づけだった。
どの位経ったのだろうか。
やがて、ふたりの微かな吐息を残して重なっていた口唇が離れた。
「どうした? 怖いのか?」
澤村がにやりと笑って覗き込んでくる。
「……あ」
知らずに涙がぽろぽろと溢れていたのだ。
頬を真っ赤に染めた夏樹は、その可愛らしい大きな瞳で目の前の澤村をキッと睨みつけた。
「……フフ、そんなに恐い顔するなよ。お前が約束を守るんなら、俺も約束は守るって言ってるんだ」
この人は本当に教師なんだろうか。
今ここにこうしていること自体信じられない話だけど。
「あ…あの……」
「キッチリ3万円分楽しませてくれるんだろ?」
澤村は夏樹のシャツのボタンを片手で器用に外しながら、はだけた白い素肌にするりと指を滑らせた。
「ちょ…ちょっ…と、先生ッ……や…ッ!」
そのまま後ろのベッドに押し倒され、ふたり分の身体の重みでスプリングが大きく軋む。
「せ、先生…ッ」
澤村の端整な顔立ちがすぐ傍にある。
夏樹は頬を薔薇色に染めると、不安そうな瞳で澤村を見上げた。
「……可愛いな…お前」
澤村は、夏樹の華奢な身体をベッドに押さえつけたままで冷たく微笑んだ。
「いつもあんな風にセックスの相手を漁ってるのか?」
「え!?」
【To be continued】
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