放課後の恋人―First Edition―《1》

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【放課後の恋人―First Edition―】
メールが届いた。
杉原夏樹は、神妙な面持ちで恐る恐る携帯の受信ボックスを開いてみた。
『君、高校生? 本当に最後まで付き合ってくれるの?』
「うわ……」
冗談半分で送ってみた男性同士の某出会い系サイトのアドレスから、本当に返事が返ってきたのである。
「これってやっぱ……冗談じゃないよ、ね」
夏樹は液晶画面を見つめたままゴクリと喉を鳴らすと、緊張した顔つきで取り敢えず相手の男性に返信のメールを打った。
『17歳です。援助してくれるやさしい人募集中』
自分でも情けないくらい指が震えているのが分かる。
夕暮れ間近の駅は、帰宅を急ぐ学生やサラリーマンで慌ただしく溢れ返っていた。
改札口付近の壁側にひっそりと隠れるように立ち竦んだ夏樹は、少しだけ毛先に癖のあるサラサラした茶髪と、色白で滑らかな肌の小柄で可愛らしい少年である。
濃紺のブレザーに深紅のネクタイという制服姿を見れば、このあたりでは有名な私立常苑高校の生徒だということは一目瞭然だった。
メールを送信した後に、ドキドキと高鳴ったままの鼓動を少しでも落ち着かせようと大きく深呼吸していると、またメールが届いた。
『援助します。気が変わらなかったら、駅前の電話ボックスの前で待っていて下さい』
ドキン!と心臓が更に跳ね上がった。
「…う……嘘ぉ…」
夏樹は返事が返ってきたことがまだ信じられなくて、暫くの間携帯を握ったまま呆然と立ち尽くしてしまった。
「ど、どぉしよう……」
援助交際なんて……恐いけど―――。
でも、仕方ない。
お金が要るんだ。
明日までに用意しないと、クラスメートの紺野蓮也に取られた腕時計を返して貰えない。
あれは、父親が海外赴任する時に買ってくれた大切な時計なのだ。
どうしても取り返さなくちゃならない。
でも、母親や先生に話したりしたらどんなことになるのか、その仕返しが恐かった。
──3万円。
紺野が要求した額である。
しかし、そんな金額をいきなり自分で用意することなんて出来やしない。だから雑誌の広告で見つけたこの出会い系サイトで、援助交際の相手を見つけることにしたのだった。
自分でも究極の選択をしたと思うけど、もうこれぐらいしか解決方法が見つからなかったのである。
「……はぁ…」
1回だけ、これっきりだから、と夏樹は溜息を吐きながら何度も自分に言い聞かせた。
ゆっくりと深呼吸して覚悟を決めると、メールの相手に指定された駅前の電話ボックスの前に向かった。
返信メールの相手―――。
一体どんな人なんだろう、と考えれば考えるほど不安な気持ちになってくる。
そして、そんなことを考えながら緊張して待つこと約15分位。
「君?」
「は、はぃッ!」
後ろからいきなり声を掛けられて慌てて振り返ると、まるで父親位の年齢のサラリーマン風の中年男が立っていた。
「あの、メールくれたの君だよね?」
「えっ!?」
頭の禿げ上がったその男は、夏樹をマジマジと眺めるとニヤリと舌舐めずりするように卑猥な笑みを浮かべた。
想像していた人物とはかなりかけ離れていて、思わずぞくりと寒気がした。
「あ、あの……ぼ、僕は……」
逃げ出したい気持ちで思わず後退ったが、ここで逃げたら目的の3万円が永遠に貰えない。
「……あは…は…」
夏樹は引きつった作り笑顔を目の前の男に向けた。
「待たせちゃったかな?」
「……い、いえ…さっき来たばかり…です……」
逃げ腰になりながら精一杯の愛想笑いで答える。
すると、男が夏樹の耳元にすり寄って嬉しそうに囁いた。
「いやぁ、君みたいな可愛い子だとは思わなかったよ。震えてるね……初めてなのかい?」
「あは…は……」
思わず涙が出そうになる。
こんな男に、これからどんなコトをされるのだろうと思うだけで貧血を起こしそうだった。
「大丈夫だよ、優しくしてあげるから。……じゃ、行こうか」
そう言いながら、男は無理矢理に夏樹の腕をぎゅっと掴んで歩き出した。
「えっ? あ、あの…ッ」
男に腕を引かれながら、だんだんと罪悪感と恐怖感が膨らんでくる。
「ん? どうしたんだい?」
「……あの、い、行くって……どこへ?」
その初々しい夏樹の台詞に、男はニヤリと笑って口唇を歪ませた。
「ふふ、決まってるじゃないか。君とゆっくりできる所だよ」
その言葉にサーッと血の気が引いていく。
もう駄目だ―――限界。
「ご、ごめんなさいッ! ぼ、僕っ…やっぱり……駄目ですッ!」
夏樹は今にも泣き出しそうな顔で、男に掴まれている腕を振り解こうとしたが離れない。
「な、何言ってるの、今更! 大丈夫だよ。ちゃんと援助してあげるから」
不機嫌そうに顔を顰めた男は、周囲の人目を気にしながら慌てて夏樹の腕を無理矢理に引き戻した。
「ご、ごめん…なさいッ! ぼ、僕…ッ!」
──…誰か助けてッ!
大きく開かれた双眸いっぱいに涙を溜めて、そう叫ぼうと思った瞬間―──。
「……すみません、うちの生徒に何か御用ですか?」
──…え…ッ!?
思わず耳を疑った。
濃紺のブランドスーツに身を包んだ、すらりとした長身の若い男性が男の背後に立っている。
肩を叩かれて振り返った男は、顔面蒼白でこの世の終わりみたいな顔をしていた。
「あ! い、いやぁ……知り合いの息子さんに似てたから……。はは…は…、わ、悪かったね、人違いだったみたいだ……」
慌てながら早口でそう言い訳すると、その中年男は物凄い速さで人混みの中に姿を晦ませてしまった。
「……ったく、なんて野郎だ」
長身の男性は、中年男が逃げて行ったほうを見つめて呟きながら小さく溜息を吐いた。
―――さ、澤村…先生!?
後に残された夏樹は、まるで信じられないものを見たように、そのよく知っている男性の顔を見つめながら呆然と立ち尽くしてしまった。
澤村孝史は、夏樹の通う常苑高校の数学教師である。
整った顔立ちや容姿の上に24歳と若いせいもあって、校内の女子生徒や女教師の間ではかなりの人気があった。
もちろん、夏樹も選択科目の数学で週に4時限ほど授業を受けている。
「お前、2−Bの杉原だよな? 何やってんだ、こんなところで」
「……え…あ、あのっ…」
どうしよう。
援助交際しようとしてたなんてことが学校に判ってしまったら退学になるかもしれない。
【To be continued】
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